ピロリ菌について
ピロリ菌という名前を、皆さん一度は聞いた事があるかと思います。1982年に、胃の粘膜内にらせん菌の存在が確認され、その菌がいるところには決まって胃組織に胃炎が認められるという発見がありました。その菌はヘリコバクター・ピロリ菌と名づけられましたが、その後の研究で、ピロリ菌は慢性萎縮性胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍の発生の原因であることが分かり、その発見者は2005年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。そして、現在では、ピロリ菌感染と胃がんの発生が密接に関与していることが注目されており、2009年2月にはピロリ菌の診療に関する新たなガイドラインが作成され、さらに6月認定医制度が設立されました。ピロリ菌についての知識と最新の情報が、今後の皆様の胃にかかわる健康状態の維持にお役に立つと考え、できるだけ短くまとめてみましたので、この機会に一読してみてください。
ピロリ菌の感染時期と感染経路
感染時期は、まだ免疫力が弱い幼児期に感染するといわれています。成人してからの感染はまれとされています。感染経路に関しては、以前では下水道などの環境整備がよくなかった頃に井戸水などから経口感染したとされていました。その頃に育った現在50歳以上となっている中高齢者のピロリ菌感染陽性率は50~70%にも及びます。上・下水道の発達した現在では、「親から子への家族内感染」が主体となっています。ピロリ菌感染者の便や唾液には菌がいるため、一度咀嚼したものを子供に与えたりすると、感染する可能性があると言われています。特に母親から子供への感染が指摘されています。またゴキブリなどが菌を運んでいるともされています。現在では、日本人の20~30才台の健康人の感染陽性率は10~30%となっています。
ピロリ菌感染と胃・十二指腸潰瘍
ピロリ菌が胃粘膜に感染すると、引き起こされた慢性的な胃炎により粘膜が弱くなるため、胃潰瘍や十二指腸潰瘍が起こりやすくなります。事実、十二指腸潰瘍患者のピロリ菌感染陽性率は90%以上、胃潰瘍患者の場合は80~90%の感染陽性率です。しかし、ピロリ菌感染のある人が皆潰瘍になるわけではなく、ストレス、過労、胃酸過多、暴飲暴食、体質などの他の要因が関わってくるわけです。でも、「ピロリ菌が潰瘍の主役」であることは間違いありません。2003年に日本ヘリコバクター学会より、「ピロリ菌感染の診断と治療のガイドライン」が発表され、胃・十二指腸潰瘍の診療におけるピロリ菌除菌の重要性が明確に位置づけられました。そして、はじめてピロリ菌の感染診断と除菌治療が保険適応となったのが、この胃・十二指腸潰瘍です。これまでの抗潰瘍剤では、潰瘍治療後の再発が多く認められましたが、ピロリ菌の除菌により薬をやめても再発することがほとんどなくなりました。
ピロリ菌の感染診断法
- 胃カメラで胃粘膜を採取して調べる方法
迅速ウレアーゼ試験、鏡検法、培養法があります。 - 胃カメラ不要の検査法
- ピロリ菌を直接調べる方法:尿素呼気試験、便中ピロリ菌抗原測定
- ピロリ菌を間接的に調べる方法:ピロリ菌抗体測定(血液、尿)
どの方法を選択するかは、除菌前の感染診断なのか、除菌後の判定診断なのか、また内視鏡検査を行うかどうかによって異なります。
ピロリ菌の除菌療法
わが国では2000年より、胃・十二指腸潰瘍の場合に限り、ピロリ菌除菌の保険適応が始まりました。その後、ピロリ菌関連疾患が保険適応として追加され、さらに2013年2月にピロリ菌胃炎の除菌治療が保険適応になりました。除菌法は、胃酸を抑える薬1種類と抗生物質2種類(アモキシシリンとクラリスロマイシン)を1週間服用します。除菌療法を行うに当たっては、薬の副作用の可能性などについて、十分医師からの説明を聞く必要があります。
ピロリ菌感染胃炎と胃がんの発症
ピロリ菌が胃の粘膜に感染すると、胃粘膜が慢性的に炎症を起こし、長い年月をかけて萎縮性胃炎やさらに進んだ腸上皮化生粘膜になることが知られています。そして、胃がんのほとんどは萎縮性胃炎や腸上皮化生粘膜を発生母地として発症します。ただ、胃がんが発症するのは一部の人であり、その中で食生活がおおいに関係するといわれています。世界的に見て、日本人には胃がんが多いのですが、その理由はピロリ菌感染と塩分の多い食事にあるといわれています。ある調査では、胃がん患者についてピロリ菌感染の有無を詳細に調べた結果、感染陽性率は98.6%でした。一方、ピロリ菌感染のない人の胃粘膜には萎縮性胃炎は起こりません。非感染者からの胃がんの発症はきわめてまれであると言えるでしょう。2008年、日本のピロリ菌研究者の総力を挙げて行なわれた大規模多施設試験の結果がLancet誌の8月号に掲載され、ピロリ菌除菌が胃がんの発症を抑制することが、明確に示されました。その結果を受けて、2009年2月に、「ピロリ菌感染の診断と治療のガイドライン」2009年改訂版が作成され、ピロリ菌に感染している場合を「ピロリ菌感染症」という疾患とすることになりました。そして、胃がんをはじめとするピロリ菌関連疾患の治療や予防、さらには感染経路の抑制の観点から、ピロリ菌感染症はすべて除菌の対象である、という治療指針が示されました。そして、日本ヘリコバクター学会によるピロリ菌除菌治療の保険適応に向けた努力が厚生労働省によって認められ、ついに2013年2月になって、ピロリ菌感染胃炎に対する除菌治療が、保険診療として認められることになりました。
ピロリ菌に関する知見が新しくなってきて、ピロリ菌の診断や除菌に関する診療を的確に行なう必要性があることから、2009年になって日本ヘリコバクター学会が「ピロリ菌感染症の認定医」制度を立ち上げました。2009年6月にその第1回認定医試験が行なわれ、193名が認定医として合格しました。私も、診療を1日休診として試験を受けてきまして、認定医となることになりました。認定医としての責務は、正確な情報を患者さんにお伝えして、治療を進めていくことにありますので、ピロリ菌に関することで疑問や分からないことがありましたら、何でもお気軽にご相談ください。
ピロリ菌の除菌療法が胃がんを予防し、その発症率を大きく減少させることが、今後現実のものとなるでしょう。国立がんセンター名誉総長の垣添忠生先生も、肝炎ウイルス対策による肝がんの制御と同様、ピロリ菌対策による胃がん予防が、がん対策基本法の中でも急務の1つであることを、述べていました。今後は、保険適応となったピロリ菌除菌治療により、一人でも多くの方がピロリ菌の除菌を行い、胃癌の発症リスクを軽減されるようにと、願っております。
ピロリ菌除菌治療を希望される方に
除菌の流れ
- 診療時間にご来院いただき、医師より説明を受ける。(約10分) (尚、診察までは他の患者様と同様に順番でお待ちいただきますので、時間に余裕を持って、ご来院下さい。)
- お会計をして、除菌薬を受け取り、次回の除菌判定のための検査の予約をして終了です。
※他院での人間ドックや健診で、ピロリ菌が陽性と判定された方は、判定された結果の用紙をご持参ください。
※ピロリ菌の感染診断ができていない方、あるいは感染の判定が不明の方は、一度当院にて感染診断をすることになります。判定の結果を待ってから、後日除菌治療を開始いたします。
ピロリ菌除菌治療をうける方に
胃のピロリ菌感染が陽性と判定されている方は、胃がん発症のリスク軽減のために、早めに除菌治療を受けることをお勧めします。除菌治療に際して、以下のメリットとデメリットがあることをよく理解して下さい。こちらは上記のPDFファイルと同じ内容になります。
メリット
- 将来に胃がんになるリスクを相当の率で下げる。
ピロリ菌感染→慢性胃炎→萎縮性胃炎→腸上皮化生→早期胃がん→進行胃がん
以上のような胃がんになる過程を、ピロリ菌を除菌することによりブロックします。 - 胃潰瘍・十二指腸潰瘍になることは、ほとんどなくなる。
- 胃の不快感が慢性的にある方は、症状が軽減することがある。
デメリット
- 除菌薬服用中、多少の薬の副反応がでることがある。
(服用を終了すると、症状は消失します。) - 除菌後に、胃酸分泌が正常化し、逆流性食道炎の症状が出ることがある。
(多くは一過性のものであります。症状(胸やけ等)が出た場合、制酸剤を一時的に
服用することがあります。)
- ピロリ菌の除菌治療は、胃の内視鏡検査によりピロリ菌感染に伴う胃炎の所見が確認されている場合に限り、保険適応として健康保険を用いて治療を受けることができます。他院で内視鏡検査を受けられた方は、その内視鏡検査の結果が記載されている用紙や写真を持参して下さい。(健康保険証も忘れずに持ってきてください。)
- 内視鏡検査を受けられていない場合は、保険診療の対象外となります。そのため、除菌のための薬代と除菌判定の検査代は、全額自己負担となりますので、ご了解ください。(できるだけ、内視鏡検査を受けてから除菌治療することをお勧めします。)
- 1次除菌で終了した場合は、薬1週間分と除菌判定検査は1回ずつで済みますが、1次除菌治療で不成功な場合は、2次除菌へと進み、もう1回別の薬1週間分と除菌判定検査を行う必要があります。
- この除菌治療により、最終的にはほとんどの方が、ピロリ菌が除菌されます。
ピロリ菌の除菌方法
【除菌薬の服用】・・・1次除菌
過去に、ペニシリン系抗生物質でアレルギー等の副作用があった場合は、通常の1次除菌療法はできません。他の方法で行ないます。
1回に服用する薬
ボノサップパック
- タケキャブ20㎎(胃の制酸剤)1錠
- クラリス200mg(マクロライド系の抗生物質)1錠
- ラモリン250mg(ペニシリン系の抗生物質)3錠
用法
1日2回(朝食後、夕食後)、7日間、連日服用
服用中は、特に食事やアルコールの制限はありません。
副作用
10~30% | 排便状態がいつもと違ってくる場合があります。(軟便・便秘・下痢など)口の中が苦くなる、味覚異常 |
---|---|
5%以下 | 薬疹、蕁麻疹など |
- もしも服用後、急に体調が悪くなった等の場合は、当クリニックまで電話でご連絡あるいはご来院ください。
除菌判定
除菌薬を服用した後、6週間後(あるいはそれ以降)に、尿素呼気テストという検査で、除菌判定をします。
除菌薬服用(1週間)——–(6週間)—–→尿素呼気テスト
尿素呼気テスト
- 予約が必要です。
- 朝の飲食はしないで来院してください。
- 約30分ほどで検査は終了します。痛みや苦痛はありません。
検査終了後、会計をしてそのままお帰りください。(結果は後日になります。)
除菌判定の結果
尿素呼気テスト検査の5日後以降に、結果を聞きにご来院ください。
- 除菌成功の場合(約9割の方)――→今後の注意事項についてご説明します。
受診はこれで終了となります。 - 除菌不成功の場合(約1割の方)――→引き続き、2次除菌を行ないます。
2次除菌治療のご説明をします。
当院の治療実績
2015年3月に新しく発売された制酸剤ボノプラザン(タケキャブ)を服用することにより、1次除菌の除菌成功率がこれまで約70%程度だったものが、90%以上に飛躍的に向上しました。以下にその除菌成績をお示しします。
はじめに行う1次除菌治療で、94.3%の方が除菌に成功しています。また、1次除菌が不成功であった方の2次除菌治療では、現在までに全員の方(100%)が除菌に成功しています。
検査・除菌費用(自費の場合)
ピロリ菌感染診断(血清抗体・便抗原・迅速ウレアーゼ法) | 各3,000円(税別) |
---|---|
ピロリ菌感染診断(尿素呼気試験) | 6,000円(税別) |
ピロリ菌除菌薬(1次・2次) | 9,000円(税別) |
除菌判定(尿素呼気試験) | 6,000円(税別) |